HISTORY
沿革
1940 年代
第二次世界大戦中における陆运输送力の确保と増强のための国策会社として、昭和19年(1944年)2月1日に「铁道建设兴业株式会社」が设立され、初代社长に鹿岛组(现鹿岛建设)の鹿岛精一が就任しました。初受注となった工事は、现在闯搁东日本の首都圏鉄道ネットワークの动力源となっている信浓川水力発电所の第3期隧道(トンネル)工事でした。
当社は、鉄道関连工事を主体とした社会基盘整备を行う会社として歩み始めました。
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信濃川水力発電所 第3期隧道(新潟県中魚沼郡) -
土讃线山城谷隧道口と伊予川桥梁(徳岛県叁好郡) -
苅田港贮炭桟桥(福冈県京都郡)
| 1944年2月 | 铁道建设兴业株式会社を设立、営业种目を「鉄道工事の施工、测量、设计、监理」とする |
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| 1944年2月 | 初代社长鹿岛精一就任
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| 1944年5月 | 大阪支店、札幌支店开设 |
| 1945年1月 | 福岡支店開設(1990年4月 九州支店と改称) |
| 1945年3月 | 第二代社长小谷清就任
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| 1946年4月 | 盛岡支店開設(1967年10月 仙台支店、1990年4月 東北支店と改称) |
| 1946年6月 | 初代社长鹿岛精一が请负业者として初めて第34代土木学会会长に就任 |
| 1947年10月 | 名古屋支店开设 |
| 1947年11月 | 东京支店开设 |
| 1949年10月 | 建设业法による建设大臣登録(イ)第365号の登録完了(以后2年ごとに登録更新) |